水曜日、さすがに心身に支障をきたしていると感じた私は、直属の上司(上司Aとします)のさらに上の上司(上司Bとします)に相談をし、「最近疲れていること」「これから仕事をセーブしてもらいたいこと」を伝えました。
Bは「そういえば確かにちょっと仕事が集中しているなと思った」と一応理解し、その部下である上司Aにも伝えてくれました。
しばらくは、これ以上仕事量を増やさず、今くらいの量で維持しようということになりました。
しかし、翌日、木曜日、仕事がこれ以上増えないことが分かっても、やはり気力が戻らず、資料を読んでもすっと頭に入らないという状況が続きました。
また、一部、あと数か月まで続く仕事も残っていたのですが、その仕事の予定が数か月先も続いているという状況にどうしても嫌気がさしていました。
そこで、上司Bに伝え、やはり、休養をとりたいことを伝えました。
Bからは、どれくらい休みたいのかと聞かれました。
本当は、1週間くらい休みたかったのですが、翌週の水曜、木曜に締切の仕事があり、なかなか1週間休ませてくれと言うことができませんでした。
私は、「来週は、水と木は予定的に休めないので、月、火の2日間休ませてほしい」と伝えました。
今思えば、自分が休んだことで、それらの仕事が他の職員にいくことになったとしても、1週間休みたいと言うべきでした。
しかし、当時の私は、そこを遠慮してしまいました。
上司Bにそう伝えた後、いつもの業務をこなしつつ、翌週水・木締め切りの仕事にとりかかりました。
そうして、翌日金曜日、なんとか休暇をとるだけのめどがたったのです。
しかし、急遽、追加で仕事をしなければならなくなり、翌日土曜日も出勤する羽目になりました。
この辺の詳しいいきさつは、また別の機会にお話ししますが、簡単に言うと上司Aの雑な指示のせいでした。
翌週月・火休むために、土曜日に出勤なんておかしいよなと思いながら、疲れた頭をかかえて夕方頃出勤し、結局午後11時前くらいまで作業しました。
途中、何度も、仕事を放棄して帰りたい衝動に駆られました。
しかし、今日踏ん張れば3日は休める、そう思って、誰もいない大部屋で一人、作業を続けました。
何度も、「もう無理だ」と思いながら、ストレスと疲労で仕事を放棄したくなるのを必死でこらえました。
目の前の作業に対する興味はとっくに失っていて、「もうやりたくない」と体中で感じていたような、そんな感じでした。
途中、あえてちょっと遠いコンビニに夕飯を買いに行ったりと気分転換を試みましたが、午後11時前になって、いよいよ作業を続けることが困難になりました。
言葉では難しいのですが、本当にそれ以上机に向かうことができなくなり、できた分の資料を上司Bメールで送りました。
メールの文面には「未完成ではありますが、どうにも体力の限界が来たため、もう帰らせていただきます。」と書きました。
私は、この仕事をして、初めて、疲労を理由に、未完成の資料を提出しました。
そして、この日の夜に体が悲鳴を上げたのです。
24時に就寝したのですが、ずっと眠りが浅く、仕事のことが頭の中でぐるぐる回っていました。
午前3時に動悸とともに目が覚め、左胸がズキズキ痛いことに気づきました。
これまで、忙しかった時期はたくさんありましたが、胸が痛くて起きるというのは初めてだったので、さすがに「大丈夫かおれ」「病気になったのか」と思いました。
その後、頭がぐるぐる思考が続くような感じで、覚醒し、寝付くことはできませんでした。
日が昇って、午前7時頃になって多少仮眠はとれましたが、それでも完全に寝付くことはできませんでした。
その後、月、火と過ごしたのですが、やはり、就寝して3時間後には目が覚めるというのが続いたため、火曜の夕方頃、心療内科に行く決意をしたのです。
これまで心療内科にかかったことはないため、受診することにハードルを感じたものの、現状を専門の医師に診てもらった方がいいと思ったので、病院を探し、その日中に受診できる心療内科を探し、受診しました。
女性スタッフにヒアリングをされた後、診察室に呼ばれました。
診察室のドアを開けると、私と同世代くらいの若そうな先生でした。
先生に、最近の仕事の状況や、体の不調について伝えました。
先生は、開口一番「典型的な働きすぎによる適応障害ですね」と言いました。
私は、「やっぱりかあ」と思った一方、自分が精神心疾患の診断をつけられたことにショックを受け、さらに、「これから先どうしよう」と不安になったのです。
次回、「No4 不調」に続きます。

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