今振り返ると、この週が全ての始まりでした。
当時は、「ただの疲れ」だと思っていた違和感が、少しずつ明確な「異変」に変わっていきます。
前回お話ししたように、負荷が集中した働き方を半月ほど続けていました。
頑張った甲斐もあって、重要度の高い仕事がいくつか終了し、あとは時間さえ確保できれば、残りの仕事も終了するめどがつき、安心しました。
また、その週の週末には、他県への出張があり、夜に仕事をこなしましたが、これも疲弊しながらなんとかこなし、ホテルでゆっくり寝泊りすることができました。
その翌週の月曜日、ちょっとした異変がありました。
しかし、当時の私は、これを明確な「異変」としては捉え切れていませんでした。
今思えば、この週がまさに「予兆」であり、蓄積した疲労とストレスが体に不調をきたすようになった最初のタイミングだったのだと思います。
その日、いつものように朝7時に起床したのですが、糸が切れたように気が抜けたようで、仕事に行く気になりませんでした。
当時の私は、「山場を越えて気が抜けてしまったのかな」と思った程度でした。
しかし、以前までは「ああ行きたくねえな」と思う程度だったのが、「『本当に』行く気がしない」という感じで、言語化するなら、「行くきがしない」という気持ちが体の底から湧いてくるようなものすごく強いものでした。
そのため、どうにかして遅刻できないかと考えました。
そこで、それまでずっと風邪をひいて咳が出ていたのと、たまたま午前中は重要度の高い仕事がなかったため、午前中に病院に行くことを理由に午前休みをとりました。
しかし、出社してからも、どうにも「やる気」というかモチベーションが起きず、切迫した仕事もあったのに、なんとなく気が抜けたような状態で仕事をしていました。
この日は、いつもより早めに、午後7時頃には退勤したのですが、帰宅途中の電車内で立っていると、言葉では難しいのですが、頭がふわふわするような感覚に陥りました。
酔っているような、頭を流れる血流を感じるような、そしてふわふわしたような感覚。
しかし、正直、これまでももっと忙しいときはありました。
別の記事で書きますが、月180時間残業して本当に死ぬんじゃないかと思ったこともありました。
その時に比べたら、「今の残業量自体は大したことはない」。
そう思っていたので、異変を重要視できなかったのかもしれません。
今思うと、この時点で、自分には休養が必要であると気づいていたら、適応障害は防げていたかもしれません。
しかし、翌朝になっても、「どうにも仕事に行きたくない」という気持ちが続きました。
家を出てもなお、「どうしても行く気がしない」という感覚が抜けませんでした。
なぜか体が重くて、この仕事をして初めて、最寄駅のベンチで10分ほど寝てから出社しました。
このときは、さすがに疲れているなと自覚しました。
そして、出社して仕事したのですが、いつも、素早く目を通しているはずの資料を読んでも、すっと頭に入らないのです。
一文読んでも、頭に入ってこない。
1ページ読んだらもっと頭に入らない。
薄い資料であっても、2,3ページ読んだら、また少し戻って読み直すといった感じで読み進めました。
気持ちの面を話すと、仕事をしていると、やる気が「しない」というよりは、もう「やりたくない」「読みたくない」という明らかにマイナスの気持ちになっているのを感じました。
当時の私としては、こんな気力んになったのは初めてで、明確に疲れを感じました。
しかし、その仕事のタイムリミットがあと数日であったので、「休んでいる暇はない」と思い、とにかく耐えて読み続け、作業を進めました。
その後、夕方になり、決定的に違和感を感じる出来事がありました。
夕方、私が一時的な席外しから戻ると、別の職員から、外部の関係部署から電話が3本あり、それぞれ折り返してほしいと言われました。
よくある単純な事務連絡です。
しかし、当時、職員からそのように言われて、なぜか、言いようもない不快感とイライラを感じ、本気で「折り返しなんて無視してやろう」と思ったのです。
単に「面倒くさいから放置しよ」ではありません。
自分が電話をかけなきゃいけないというそのシュチュエーションに、なぜか自分でも驚くくらい怒りを感じ、「無視してやろう」と本気で思ったのです。
今思えば、それくらい、もう仕事をしたくなくなっていた、脳の拒絶反応だったのではないかと思います。
結局、手が空いた定時過ぎ、折り返しの電話をしたのですが、電話越しに相手の話を聴いているだけでもイライラしてしまいました。
電話の相手に悟られないようにしていましたが(相手は全く悪くないので当然なのですが)、内心イライラしてしょうがない、そんな感じでした。
そして、帰宅途中の電車内、ここでも異変を感じました。
周りの人の話声がやたらうるさく感じ、イライラするのです。
混雑具合は、席は埋まっていて立っている人も何人かいるという程度で、特にうるさいはずはないのですが、聞こえる他人の話声が全て耳に入ってくるようでした。
その上、それがやたらうるさいのです。
後で調べてみると、本来、脳は、聞こえる音を無意識に峻別していて、自分に必要な音のみを聴いているようです。
しかし、脳が疲れていると、その音を峻別して不要な音をシャットアウトする機能が麻痺してきて、あらゆる音が頭に入ってくるということのようでした。
まさに、その状態だったのだと思います。
当時の私も、さすがに、自分の状態が異常であると思い、これまでの経緯や状態について、ネットで調べたところ、そこで、「燃え尽き気症候群」というワードが出てきました。
ここで初めて、私は、自分は単なる疲労ではないと思うようになりました。
しかし、まだこの時点では「休まないといけない」とまでは思っていませんでした。
ただし、確実に何かがおかしくなり始めていました。
次回、「No3 発症」に続きます。

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