※この記事にはプロモーションが含まれています。
◎前回記事

耐え忍んで働ける人たち
前回では、「個々人の善意に依存したシステム」は、そこで働く個人を摩耗させ、いずれその組織は崩壊するということをお話ししました。
しかし、そのようないわば「搾取」に近い環境であっても、それでも、身を削って耐え抜ける人たちがいることも事実です。
サービス残業をどれほど強いられても、ずっと働いていられるストレス耐性の極めて強い人達です。
周りの人間が投げ出すなか、自分を律し続け、体調を全く崩すことなく仕事をし続ける姿。
そのストイックさ、素晴らしいです。
正直、私のような人間からしたら、頭が上がりません。
耐え忍べる人が上司になると【実体験】
では、そういう人間が出世をし、上司として部下を管理するようになったら、どうなるのか?
ケースバイケースだとは思いますが、多くのケースは、部下に同じ努力を要求するのではないでしょうか。
どんなに残業が続いても、さらに、その中で、どんなに上司から理不尽な指示が飛んできても、文句を飲み込んで働いてきたスーパー戦士たちは、きっと同じことを部下に要求するパターンが多いと思います。
ここで私の実体験をお話しすると、私の前職でも、直属の上司でそのような方がいました。
(言い方はやや極端ですが)私が適応障害を発症する原因を作った例の上司Aです。
彼は、一部からは、平社員の時代、たくさん仕事をこなしてきた有能な人物だったと言われており、ある程度名を馳せた人でした。
しかし、私は、管理職になった彼しか知らないのですが、あまり部下への共感というものがない人でした。
(少なくとも部下から見て)部下へのねぎらいはほとんどなく、特に、「若手はたくさん働くのが当たり前」という発想の人でした。
現に、適応障害になる前、私に仕事が集中した時期も、一度のねぎらいの言葉をかけてもらったことはありませんでした。
それどころか、報告や決裁のたびに、叱責もままされました(まあ叱責されるような自分にも問題がないではないですが、仕事の数字上は部署全体の2割弱の案件を1人で抱えていて、なんとか仕事を回していた身からすると、ねぎらいくらいあってもいいだろ!と思うわけです。)。
飲み会では、武勇伝のように、「若手の頃はこれだけ仕事を回していた」「部署全体の仕事もやろうと思えば一人でやれるよ」とよく発言していらっしゃいましたし、同世代の方とは「自分の時代はワーカホリックで、仕事することが第一でしたよね」という話もしていました。
適応障害を発症する2週間ほど前に、私が「仕事量が多いので一部調整してほしい」とお願いしたことがありました。
すると、上司Aは、
「いいけど、それが単に仕事が多いのか、自分の働き方が問題なのかはよく考えた方がいい」
「今後、年数を重ねれば、もっと仕事を回さないといけないポジションになるからね」
「けど、それだけ仕事が回せるようになるとほんとに楽しくなるから。ほんとにそうだよ。」とまっすぐな目で言われました。
私は、これ以上仕事を回せって、冗談じゃないよと思いましたが、少年のようなまっすぐな目で言われたので何も言えませんでした。
あれは、脅しでもなんでもなくて、多分本心で言っていたのだと思います。
きっと上司Aがプレイヤーだった頃は、今よりももっと昭和な雰囲気できっとたくさんの理不尽もあったでしょう。
若手のころは寝泊りをして仕事をこなしていたという上司Aだったので、労働環境も今よりも過酷だったはずです。
とある部署で働いていた時は、メンバーがメンタルをしょっちゅう病む人だったので、ほとんど自分1人で背負って仕事をしていたという話もしていました。
ある時飲み会で、部下から、「仕事が大変な時にどうやってやり過ごしてきたか」と質問されたことに対して「ただ耐え忍ぶだけ」と話していました。
私は、隣で聞いていて「なんじゃそりゃ」と思ったわけですが、実際に「耐え忍ぶ」ことを実践し続け、今こうして幹部になっているので大したものだと思いました。
「ストレス耐性が異常にある」≒「共感能力に乏しい」という事実
しかし、私は思うのです。
語弊があると思いますが、あえて言わせてください。
そうやって、あまりに過酷な環境を部下として生き抜いてきた人というのは、それ自体はすごいんだけど、人として何か欠けているところがあるのではないかということです。
実際、さきほどお話ししたように、上司Aには部下への共感というものが全くないようでした。
私は、この人の下で数か月にわたり働いて適応障害になるまでの間、明示的には言われなけど、「自分は寝泊りして仕事していたのだから、本来はお前もそれくらいやらないと」「自分の上司たちよりも優しく接しているのだからお前たちは幸せだろう」そう思っているであろうことをひしひしと感じました。
私が病む直前期部署の中で、1人突出した仕事量をもっていたときですら、一度も「大変だね」とか「お疲れ」とか言われたことがありません。
病院に行くまもなく風邪をひき続けていたころ、上司Aへの報告の最中、ずっと咳をしながら話し続けていても「大丈夫か」の一言もありませんでした。
もちろん、上司Aの心の中を覗くことはできないので本当のところは分かりませんが、多分、「共感するという能力それ自体」がかなりかけていた人なのではないかと思います。
共感能力がないのは、ある意味、鈍感力があるというものと表裏一体な気がします。
だからこそ、理不尽な環境でも、その言葉どおり、ただひたすらに「耐え忍」んでこられたのではないかと思います。
私への接し方だけでなく、他の部下への言動にも問題のある人だったので、やはりそうだったと思います。
ストレス耐性というのは大事な要素です。
仕事だけでなく、何か大きなことを成し遂げようとするときには絶対に必要になってくるものです。
そこは私もそう思います。
しかし、ストレス耐性が「異常に」強い人は、それはそれでどこか変わっているのだと思います。
この話は、多分、職場だけでなく、例えば、たまにニュースになる名門野球部のしごきとか、体育会系が行き過ぎて起こるパワハラ問題と通じるものがあるようにも思うのです。
そして、なにより、そんな人が上司になると部下はかなりキツイと思います。
私がそうでしたもの。
以上、「過酷なブラック職場」でも耐え抜いて生き残った人が上司になると生じるリスクについて考察をお話しさせていただきました。(というかほぼ実体験の話になってしまいましたが(笑))
次回の記事でお会いしましょう。


コメント