No1 消耗

1 自己紹介

 はじめまして。亮介と申します。

 この度、初めてのブログ開設をすることになりました。読んでいただきありがとうございます。

 私は、もともと公務員でしたが、数年目にして過労により適応障害を発症し、休職の上、復職しましたが、退職し、現在は別の職場で働いています。

 適応障害を一応乗り越え、転職先で仕事をこなすことができていますが、病休中はなかなかにしんどい思いがありました。

 働き方改革などによって世間的には以前よりは労働環境が改善されているようですが、それでも、心療内科を受診する方の数は増えており、心を病んでしまう人も年々増えているように思います。

 適応障害やそのほかの精神疾患については多く書籍が出ているところですが、私は、病休中、そうした本まで読む気力はなく、関連するYouTubeを見たりする程度でした。

 そこで、療養中の方でも、気軽に読めるブログ、それも実体験に基づいて、発症から回復、さらにその後転職までの経緯や葛藤など書いているブログがあってもいいのではないかと思い、このブログを始めることとしました。

 そのほか、なかなか他人、それも当時の役所の人たちには説明しにくい葛藤や不安、そうしたものも抱えて退職に至ったので、そういう身近な人には言えなかった気持ちもここで吐露できたらいいなと思ったことも理由の一つです。

 ここでは、発症から回復の経過、転職を決めたきっかけ、さらには、消耗を経験した私が考察する働き方や組織と個人なんていうテーマ、そのほか個人的に思うことをあれこれ書けたらなと思います。

 初めてのブログですし、思うままに書いていきますので、冗長なところもかなりあると思います。

 ぜひ、温かい目で読んでください。 

 なお、内容については、極力、客観的に嘘偽りなくお話していこうと思いますが、身バレをしないために、前職場や現職場、年齢、年数等については、あえて詳細を書かなかったり、ボカして書いており、また、これに関連するご質問にもお答えできませんので、その点ご容赦ください。

 このブログが、現在適応障害に苦しんでいる方々、過労により心身を消耗している方、そのほか今の働き方に疑問を持っている全ての方々の背中を少しでも押せたらいいなと思っています。

2 前職場について

 ここでは、私が適応障害を発症するまでの経過についてお話しできたらと思います。 

 ここでも自己紹介をすると、私は、もともと新卒で公務員として働いていました。

 私が働いていた役所は、詳細は控えますが、主にデスクワークではありますが、やや独特の仕事内容で、ある程度裁量をもって働ける一方でミスが許されず、サービス残業が当たり前の、どちらかというと体育会系の職場でした。

 私は、公益のために働くことに魅力を感じ、この職場に入社しましたが、想像以上に多忙で、入社してから、日が明るいうちに帰る日はほとんどありませんでしたし、土日どちらかでることも多かったです。

 人手が足りないところでは、40代になっても夜まで働いている先輩方を見て、このままここで働いても大丈夫かと思うこともありました。

 部署移動があり、新しい上司らのもと働き始めました。

 ここでも相変わらず多忙であり、また、この部署では、長らく病休中の方やママさんの方々がいたため、我々若手に仕事が集中する場面もあり、夜遅くまで働く生活が続きました。

 数か月経ったころ、若手の同僚たちが部署移動したことから、彼らの仕事も自分が引き受ることになり、多忙を極めました。

 それまで夜9時、10時まで働くことが多かったのですが、それに加え、定時前の早朝に出社して始業前に仕事をし、さらに、昼休みは昼食を抜いて仕事をしても回らない日もある、ときに出張も重なるなど、負荷の強い日々が続きました。

 直属の上司は、私に仕事が集中していることは把握しており、「本当に大変になったら言ってね」とは言ってくれたものの、それ以上に特段のフォローはありませんでした。

 ちなみに、我々の仕事は基本的に縦割りで、この件はこの人という形での作業になるので、仕事が属人的になりやすく、他人が扱っている件については上司以外の他の人間はよく分かっていないという状態が多々ありました。

 疲弊した原因は労働時間以外にも上司らとの人間関係やそのほか色々ありました。ただし、元職場を告発することは、このブログの目的の目的とするところではないので、詳細を述べることはしませんが、ひとつこれは、しんどかったなというのが、周りとの忙しさの差でした。

 もちろん、その時々によって誰が忙しいというのは変わってくるのですが、その当時、共同部屋で、他の職員たちがゆっくり雑談しているのを見ている中で、雑談する暇もないくらい一人忙しくしているのはしんどいものがありました。

 その部署全体で忙しい状況であれば、みんなで耐えて乗り切ろうという雰囲気でやれるかもしれませんが、自分一人、朝から晩まで孤独に時間に追われているというのは、ただでさえ疲弊していたメンタルをさらに削ってきました

 また、公務員あるあるですが、自分よりもはるかに仕事が少なく、時短勤務をしている先輩のほうが自分よりも給料が高いというのも、これは、疲弊とは違いますが、正直なところ、納得はいきませんでした。

 このあたりの適応障害に至った働き方について、今後、別の記事でくわしくお話しします。

 次回、「予兆」に続きます。

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