投稿者: resetnote_admin

  • No2 予兆

    1今振り返ると、この週が全ての始まりでした。当時は、ただの疲れだと思っていた違和感が、少しずつ明確な「異変」に変わっていきます。 

     前回お話ししたような働き方を半月続けている中で、手持ちの仕事のうち、重要度の高い仕事がいくつか終了し、あとは時間さえ確保できれば、残りの仕事も終了するめどがつきました。

     その週の週末に他県への出張が予定されておりましたが、これも疲弊しながらなんとかこなし、夜にはホテルでゆっくりすることができました。

     そして、翌週の月曜日、ちょっとした異変がありました。もっとも、当時の私は、これを明確な「異変」としては捉え切れていませんでした。

     今思えば、この週がまさに「予兆」であり、蓄積した疲労とストレスが体に不調をきたすようになった最初のタイミングだったのだと思います。

     月曜日、いつものように朝7時に起床したのですが、どうにも、気が抜けたようで、仕事に行く気になりませんでした。

     私としては、「山場を越えて気が抜けてしまったのかな」と思った程度でした。しかし、これまでは「ああ行きたくねえな」と思う程度だったのが、「『本当に』行く気がしない」という感じで、言語化するなら、「行くきがしない」の程度が体の底から湧いてくるようなものすごく強いものでした。

     そのため、なんとかして遅刻できないかと考え、それまでずっと風邪をひいて咳がよく出ていたのと、幸い午前中は重要度の高い仕事がなかったため、午前中に病院に行くことを理由として午後から出勤することにしました。

     出社してからも、どうにもやる気というかモチベーションが起きず、タイムリミットの迫った仕事もあったのに、なんとなく気が抜けたような状態で仕事をしていました。

     この日は確か疲れていたので、午後7時頃には退勤したのですが、帰宅途中の電車内で立っていると、言葉では難しいのですが、頭がふわふわするような感覚に陥りました。

     酔っているような、頭を流れる血流を感じるような、そしてふわふわしたような感覚。

     病気になったのかと思い、ネットで調べると、長期的な緊張から解放されると血流がよくなりどうのこうのと書いてあったので、それは当たっているなと思い、そのまま帰宅しました。

     しかし、翌朝も起床とともに、どうにも行きたくないという気になりました。何とか出勤するも、どうしても仕事に行く気がしないという感覚が強く、また体が重かったため、その日初めて、会社の最寄りのホームのベンチで10分ほど寝てから出社しました。

     このときは、さすがに疲れているなと自覚しました。

     そして、出社して仕事をするのですが、いつも、素早く目を通しているはずの資料を読んでも、すっと頭に入らないのです。

     一文読んでも、頭に入ってこない。

     1ページ読んだらもっと頭に入らない。

     そこで、薄い資料であっても、2,3ページ読んだら、また少し戻って読み直すといった感じで読み進めました。

     また、ここでも気力がなかったのですが、やる気が「しない」というよりは、もう「やりたくない」「読みたくない」という明らかにマイナスの気持ちになっていました。

     しかし、当時の私としては、こんなこと初めてであったので、明確に疲れを感じましたが、その仕事のタイムリミットがあと数日であったので、とにかく、耐えて読み続け、作業を進めました。

     その後、夕方になり、決定的に違和感を感じる出来事がありました。

     大した出来事ではありません。しかし、自分の中で明確に違和感を感じた出来事でした。

     夕方、私が一時的な席外しから戻ると、別の職員から、外部の関係部署から電話が3本あり、それぞれ折り返してほしいと言われました。

     よくある事務連絡なのですが、当時、職員からそのように言われて、言いようもない不快感とイライラを感じ、本気で「折り返しなんて無視してやろう」と思ったのです。

     単に「面倒くさいから放置しよ」、ではなくて、自分が電話をかけなきゃいけないというそのシュチュエーションに、なぜか自分でも驚くくらい怒りを感じ、「無視してやろう」と本気で思ったのです。

     今思えば、それくらい、もう仕事をしたくなくなっていた、脳の拒絶反応だったのではないかと思います。

     結局、手が空いた定時過ぎ、折り返しの電話をしたのですが、電話越しに相手の話を聴いているだけでもイライラしてしまいました。

     相手に悟られないようにしていましたが(相手は全く悪くないので当然なのですが)、内心イライラしてしょうがない、そんな感じでした。

     そして、帰宅途中の電車内、ここでも異変を感じました。

     周りの人の話声がやたらうるさく感じ、イライラするのです。

     混雑具合は、席は埋まっていて立っている人も何人かいるという程度で、特にうるさいはずはないのですが、聞こえる他人の話声が全て耳に入ってくるようでした。

     その上、それがやたらうるさいのです。

     後で調べてみると、本来、脳は、聞こえる音を無意識に峻別していて、自分に必要な音のみを聴いているようなのですが、脳が疲れていると、その音を峻別して不要な音をシャットアウトする機能が麻痺してきて、あらゆる音が頭に入ってくるということのようでした。

     当時の私も、さすがに、自分の状態が異常であると思い、これまでの経緯や状態について、ネットで調べたところ、そこで、「燃え尽き気症候群」というワードが出てきました。

     ここで初めて、私は、自分は単なる疲労ではないと思うようになりました。

    しかし、まだこの時点では「休まないといけない」とまでは思っていませんでした。

    ただし、確実に何かがおかしくなり始めていました。

    次回、「発症」に続きます。

  • No1 消耗

    1 自己紹介

     はじめまして。亮介と申します。

     この度、初めてのブログ開設をすることになりました。読んでいただきありがとうございます。

     私は、もともと公務員でしたが、数年目にして過労により適応障害を発症し、休職の上、復職しましたが、退職し、現在は別の職場で働いています。

     適応障害を一応乗り越え、転職先で仕事をこなすことができていますが、病休中はなかなかにしんどい思いがありました。

     働き方改革などによって世間的には以前よりは労働環境が改善されているようですが、それでも、心療内科を受診する方の数は増えており、心を病んでしまう人も年々増えているように思います。

     適応障害やそのほかの精神疾患については多く書籍が出ているところですが、私は、病休中、そうした本まで読む気力はなく、関連するYouTubeを見たりする程度でした。

     そこで、療養中の方でも、気軽に読めるブログ、それも実体験に基づいて、発症から回復、さらにその後転職までの経緯や葛藤など書いているブログがあってもいいのではないかと思い、このブログを始めることとしました。

     そのほか、なかなか他人、それも当時の役所の人たちには説明しにくい葛藤や不安、そうしたものも抱えて退職に至ったので、そういう身近な人には言えなかった気持ちもここで吐露できたらいいなと思ったことも理由の一つです。

     ここでは、発症から回復の経過、転職を決めたきっかけ、さらには、消耗を経験した私が考察する働き方や組織と個人なんていうテーマ、そのほか個人的に思うことをあれこれ書けたらなと思います。

     初めてのブログですし、思うままに書いていきますので、冗長なところもかなりあると思います。

     ぜひ、温かい目で読んでください。 

     なお、内容については、極力、客観的に嘘偽りなくお話していこうと思いますが、身バレをしないために、前職場や現職場、年齢、年数等については、あえて詳細を書かなかったり、ボカして書いており、また、これに関連するご質問にもお答えできませんので、その点ご容赦ください。

     このブログが、現在適応障害に苦しんでいる方々、過労により心身を消耗している方、そのほか今の働き方に疑問を持っている全ての方々の背中を少しでも押せたらいいなと思っています。

    2 前職場について

     ここでは、私が適応障害を発症するまでの経過についてお話しできたらと思います。 

     ここでも自己紹介をすると、私は、もともと新卒で公務員として働いていました。

     私が働いていた役所は、詳細は控えますが、主にデスクワークではありますが、やや独特の仕事内容で、ある程度裁量をもって働ける一方でミスが許されず、サービス残業が当たり前の、どちらかというと体育会系の職場でした。

     私は、公益のために働くことに魅力を感じ、この職場に入社しましたが、想像以上に多忙で、入社してから、日が明るいうちに帰る日はほとんどありませんでしたし、土日どちらかでることも多かったです。

     人手が足りないところでは、40代になっても夜まで働いている先輩方を見て、このままここで働いても大丈夫かと思うこともありました。

     部署移動があり、新しい上司らのもと働き始めました。

     ここでも相変わらず多忙であり、また、この部署では、長らく病休中の方やママさんの方々がいたため、我々若手に仕事が集中する場面もあり、夜遅くまで働く生活が続きました。

     数か月経ったころ、若手の同僚たちが部署移動したことから、彼らの仕事も自分が引き受ることになり、多忙を極めました。

     それまで夜9時、10時まで働くことが多かったのですが、それに加え、定時前の早朝に出社して始業前に仕事をし、さらに、昼休みは昼食を抜いて仕事をしても回らない日もある、ときに出張も重なるなど、負荷の強い日々が続きました。

     直属の上司は、私に仕事が集中していることは把握しており、「本当に大変になったら言ってね」とは言ってくれたものの、それ以上に特段のフォローはありませんでした。

     ちなみに、我々の仕事は基本的に縦割りで、この件はこの人という形での作業になるので、仕事が属人的になりやすく、他人が扱っている件については上司以外の他の人間はよく分かっていないという状態が多々ありました。

     疲弊した原因は労働時間以外にも上司らとの人間関係やそのほか色々ありました。ただし、元職場を告発することは、このブログの目的の目的とするところではないので、詳細を述べることはしませんが、ひとつこれは、しんどかったなというのが、周りとの忙しさの差でした。

     もちろん、その時々によって誰が忙しいというのは変わってくるのですが、その当時、共同部屋で、他の職員たちがゆっくり雑談しているのを見ている中で、雑談する暇もないくらい一人忙しくしているのはしんどいものがありました。

     その部署全体で忙しい状況であれば、みんなで耐えて乗り切ろうという雰囲気でやれるかもしれませんが、自分一人、朝から晩まで孤独に時間に追われているというのは、ただでさえ疲弊していたメンタルをさらに削ってきました

     また、公務員あるあるですが、自分よりもはるかに仕事が少なく、時短勤務をしている先輩のほうが自分よりも給料が高いというのも、これは、疲弊とは違いますが、正直なところ、納得はいきませんでした。

     このあたりの適応障害に至った働き方について、今後、別の記事でくわしくお話しします。

     次回、「予兆」に続きます。

  • ブラック職場の道はローマに通ずる<善意で回る組織が崩壊する共通点>

    ブラック職場の道はローマに通ずる<善意で回る組織が崩壊する共通点>

    1 これまで主に私の体験談を中心にお話しをしてきましたが、ここでは、私なりのちょっとした考察をお話させていただこうと思います。

     突然ですが、ブラック職場というのは、ローマ帝国と同じ理由で崩壊するのではないかと思っています。

     今日は、そのことについてお話しします 

     なお、細かい史実には誤りがあるかもしれませんが、一つの見方として読んでいただければ幸いです。

    2 説明不明の歴史上最大の帝国、ローマ帝国。

     そのローマ帝国が崩壊した理由は(ここでは、西ローマ帝国の崩壊を念頭に置きますが)、ゲルマン民族の大移動、皇帝の権威の失墜、軍事力の弱体化等さまざまありますが、実は、国力を低下させた根本的な原因の一つして、インフラが弱まったという点があります。

     どういうことかというと、そもそもローマ帝国のインフラ(道路、水道、橋等)は、当時の貴族たちが、ほぼ無償で、私財を投じて整備していたようです。

     現代では考えられません。なんでそんなことをしていたのか。

     それは、ローマという国が、「その市民がどれだけ祖国に貢献したか」という名誉を重んじていたからです。

     貴族が、自分たちで橋を立て、その橋に自分の名前が刻まれる。

     その名誉が、当時の貴族にとって、金よりも大切なことだったのです。

     だからこそ、ローマでは、貴族が自ら(時に借金をしてでも)私財を投じてインフラ整備やその維持に努め、そのおかげで、国家が回っていたのです。

     しかし、戦争が続き、防衛費増大による税負担の加重、インフレ政策等で、貴族も経済的に厳しくなってきました。

     中には、それでもなお、名誉のために公益事業に努めた貴族もいたはずです。

     しかし、多くの貴族たちは、そんな状況が続いたことで、私財を投じてまで、インフラ整備に力を注がなくなり、その結果、インフラが荒廃していきました。

     インフラが整備されないとどうなるか。

     道路が荒廃すれば、軍事や貿易のための流通が滞りますし、上下水道が整わなければ、市民が自由に水道を使えず、生活もままならなくなったでしょう。そして、帝国としては、そのような国内が混乱した状態で、国外での戦争に耐え忍ぶのは容易なことではありません。

     国力は弱まっていきました。

     このように、ローマ帝国崩壊の一因である国力低下について、以上のような見方ができるのです。

    3 そして、ここからが本題ですが、私は、この話は、現代でも無関係ではないように思います。

     貴族によるインフラ整備がされなくなって一国が崩壊したという話は、単なる政治の失敗談で終わるものではなく、もっと組織としての構造の問題があったのだと思います。

     というのは、ローマ帝国において、「国」ではなく、「貴族」が各人の努力によってインフラを整備していたというのは、まさに、「個人の善意に頼ったシステム」だったからこそ、崩壊の要因になったのではないでしょうか。

     そして、現代の、それも、とても身近なところでも「個人の善意に頼ったシステム」が見られます。 

     そう、サービス残業や無休出勤など、いわゆるブラックと言われる職場です。

     前職を悪く言うつもりはありませんが、正直なところ、私の前職も、個々人のサービス残業が当たり前になっていました。

     サービス残業ありきの業務量が個々人に振られ、土日もいわゆるヤミ出勤という形で、仕事をすることがありました。

     上司たちは、「自分も若手もうちはそうだったな」と懐かしがるように言うだけでならまだしも、当の上司も土日に出勤し、平日と違って電気のついていない暗い廊下で鉢合わせることだってありました。

     同僚も先輩たちも上司も誰も、いちいち残業の届け出はしません。

     それが昔からの文化であり、そうしなければ、とても、会社全体として仕事が回らなかったのです(もちろん、中にはとびぬけて要領が良くてあまり残業をしていない人もいたとは思いますが、多数派は、多少なりともサービス残業が前提の仕事量をこなしていました。)。

     特に私の職場が昔ながらの体質だったからというのはあるかもしれませんが、こういった状況は、他の職場でも十分ありうる話ではないでしょうか。

     例えば、公務員の方は、予算で残業代を支払える額が決まっているので、明確に、あるいはそれとなく、残業代を申請しないようにと言われることもあるのではないでしょうか。

     こういった状況は、周りの職員たちも当たり前にやっているからこそ意識されませんが、まさに、サービス残業という「個人の善意に頼るシステム」そのものではないでしょうか

     「善意」の中身を分解すると、ローマでは「名誉」、現代職場では「責任感・真面目さ」と表現の仕方は少し変わってくるものの、その根源にある「組織に貢献する気持ち」は同じではないでしょうか。

    4 では、そういった組織は、最終的にどうなるのか。

     それは、まさにローマ帝国の帰趨が示しています。

     最初は、理性的な人が集まっているので短期的には回る。しかし、長期的に見るといずれはガタがくるのだと思います。

     結果に対する対価がないなかで、仕事をし続けるというのは、例えば「仕事に慣れるために、金はいいからとにかく量をこなして経験値を増やしたい」とか、「仕事が楽しくて仕方ないから無給でもやりたい」といういわば自発的なものであれば、それほど問題はないようにも思えます(とはいえ、現代の労働の概念からすれば、この場合であっても、厳密な意味で問題がないとは言い切れませんが。)

     しかし、サービス残業が「常態化している」、「それを前提として組織が回っている」。

     こうなると問題なのです。

     もしかすると、こういったタフな仕事には、精力的な人、仕事を生きがいにしたい人、真面目で責任感の強い人が集まる傾向があるかもしれません。

     だからこそ、その人たちが理性的に仕事に向きあい、サービス残業も文句を言わずにこなすことで、最初のうちは回ります。

     しかし、そのような人たちも、「その生活がずっと続くもの」とはあまり思ってはいないのではないでしょうか。

     多忙で疲労が蓄積した時、あるいは、給料が見合わないと気づいた時、仕事を離れる決意をする人もいるでしょうし、「給料が変わらないなら手を抜いたほうがいいや」と思って手を抜き始める人も出てくるでしょう。

     そして、今度は、手を抜くようになった人を横目に、なおも頑張り続けている人がさらに消耗していくのです。

     そうなると、その人も、自分も手を抜くか、あるいは、モヤモヤした思いを抱えながらも真面目を貫いて体を壊すまで働くか、どちらかのパターンになることが多いのではないでしょうか。

     これは、想像ですが、きっとローマ帝国末期の貴族もこんなことを考えていたのではないかと思います。

     想像ですが、

     「俺たちは、これまで何世代にもわたってローマ市民の誇りを胸に、インフラを整備して祖国に貢献してきた」

     「それなのに、祖国は、そんな貢献に目もくれず、おれたちに重税をかけてくる!」

     「こんなに報われないことはあるか!」

     「これまでは祖国のためと思って耐えてやってきたけど、もうやってられん!」

     「インフラ整備はもうやらんし、なんなら、代々守ってきたこの土地なんか捨てて、安定しているらしい東ローマに引っ越してやる!」

     こんなことを考えて、インフラ整備を放棄し、さらには、西ローマを捨て、東ローマに移った貴族たちもいたんじゃないかと、想像してしまいます。

    5 「名誉のため」「この会社に貢献したい」「責任感がある」そうした気持ちのもと、組織に貢献すること自体は、美しいことです。

     そういった人物を、ローマでは「徳が高い人」と言っていたようですが、現代においても、非常に美しく、その姿勢を否定するつもりは全くありません。

     しかし、「組織が、それを当然の前提として個人の善意に甘える」という構造になってしまうと、無理があるし、ガタがくるのです。

     そして何より、そこで働く個々人が、善意の名のもと身を削らざるを得ならず、しんどい思いをすることになる。

     だからこそ、やはり、組織は、個々人の努力には、正当な対価を払うべきなのです。

     正当な対価は、経済的・精神的な満足を働き手に与えるだけでなく、その努力に対する「承認」となり、モチベーションを維持させます。

    それこそが健全な職場環境であり、「徳の高い」優秀な社員を引き留め、組織が長期的に回っていく力をつくるのです。

     ちなみに、西ローマ帝国が崩壊後、東ローマ帝国では、その反省を生かし、有給官僚制を導入するなどの変化がありました。

     現代の職場においても、個人の善意に依存するステムは早急に見直し、「制度」として変革をしなければ、未来はないのではないでしょうか。

     もし、あなたが今、善意で回る職場にいるなら、一度立ち止まって考えてみてもいいかもしれません。

    6 以上、私の思う、ローマ帝国崩壊とブラック職場には通ずるものがあるという考察でした。すべての道はローマに通じるとは本当によく言ったものです。

    とは言っても、どんなにしんどい環境でも頑張って生き残る人はいるでしょ?

    そんな疑問も湧いてきます。

    次回の記事では、この点を掘り下げ、過酷な環境で生き残る、本当に「徳が高い人(?)」はどんな人か、そして、そういう人が今度は上司になるとどうなるのか?という点について、私なりの考えをお話ししようと思います。

     次回「自己犠牲の仕事ができる人が上司になるとどうなるか!?」でお会いしましょう。

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